ある2点間に電圧がかかっているとき、そこには電界が生じます。その2点間に電流が流れると、磁界が生じます。2点間に交流の電流を流すと、電磁波が連続的に発生して空間に放射されます。懐中電灯などの直流が連続的に流れる機器を除けば、身の回りにある電気機器のほぼすべてが交流を扱うので、あらゆる電気機器から、電磁波(電波)が放射されています。

通常は不要な放射を極力抑えるように設計されていますが、電磁波ができるだけ効率よく空間に放射されるように形状を工夫したものがアンテナです。アンテナに交流電流を流すと、電磁波が放射されて離れた場所まで届きます。

搬送波(Carrier wave)と変調(Modulation)

アンテナから電波を送信する時は、音声信号そのものをアンテナに流すのではなく、搬送波という高周波に音声を乗せて流します。人間の音声は 10kHz 以下の低周波です。アナログ電話の場合は 3.4kHz までを伝えています。楽器のチューニングに使われる「ラ」の音は 440Hz です。この音声を、そのまま電気信号に変換してアンテナに送ることもできますが、効率が非常に悪いため、搬送波と呼ばれる高周波に乗せて送信します。搬送波に乗せることを変調する、といいます。変調の方式には AMラジオや短波放送で使われる AM、FMラジオで使われる FM などがあります。

AM変調

搬送波の周波数としては、低い方では 20kHz くらいから、高い方では 300GHz 近くまでが使われています。300GHz 付近より上は、2020年現在では研究開発段階で商用利用されておらず、電波望遠鏡で使われるくらいです。そして、3THz を超えると赤外線と呼ばれて、光の領域に入っていきます。

  • AMラジオ:0.5-1.6MHz
  • 短波放送:2.3-26MHz
  • FMラジオ:76-90MHz
  • 地デジ:470-710MHz
  • 4G携帯:0.8-3.5GHz
  • 5G携帯:3.6-4.6GHz、27-30GHz

搬送波無しではダメなのか?

音声信号をそのままアンテナに送ると、2つの問題が発生します。一つ目は、電波利用の多重化ができないこと、もう一つは、送信アンテナが巨大化することです。

電波利用の多重化

電波は、同じ空間を全世界の人が共有して利用する共有財産であるため、皆が音声信号をそのまま電波として送信すると、同じ周波数に重なり合い、混信が生じて受信困難になります。そこで、利用する電波の周波数を皆でずらし合いながら送受信しています。テレビではチャンネルがこれに相当します。どのように周波数をずらして使い分けるかは、国連の機関である ITU(国際電気通信連合)で決めています。各国は ITU で決めた内容を自国内で法制化して強制力を持たせています。日本では電波法がそれにあたります。

無線でなく有線であるなら、元の音声信号をそのまま送ることも可能です。これをベースバンド伝送と呼び、インターフォンや市内電話回線などの近距離通信で使われています。多重化しないため、一つの通信回線につき、一対の電線が必要になります。有線伝送であっても、長距離になるとコストの面で回線ごとに電線を用意できなくなるため、一本の回線に複数の通話を乗せて多重化しています。

送信アンテナの巨大化

たとえあなたが家族と共に火星で暮らしている唯一の人間で、電波を多重化せずに自由に使えたとしても、音声信号をそのまま電波に乗せるのは困難です。電波には周波数に応じて波長が決まっていて、周波数が低いほど波長が長くなります。アンテナの基本形であるダイポールアンテナは、短縮をしないフルサイズでは波長の半分の長さが必要になります。アマチュア無線で使われる 144MHz帯は別名 2m(ツーメーター)と呼ばれ、波長は 2m です。

NHKラジオ第1放送は、関東では 594kHz を利用しています。波長は 505m。これを送信する NHK菖蒲久喜ラジオ放送所のアンテナは、約1/2波長である 245m もの高さがあります。このアンテナを支えるワイヤーを張るためには、広大な敷地が必要になります。AM中波放送には大規模な送信施設が必要でコストがかかるため、広告収入の落ちているラジオ局には維持が難しく、より波長の短い FM への移行が進んでいます。NHK は AM放送を続けるものの、民放は 2023年から AM放送局の停波が始まります。

菖蒲久喜ラジオ放送所(第1放送送信アンテナ) 菖蒲久喜ラジオ放送所(第1放送送信アンテナ)

GPS が実用化される前、航空機や船舶ではオメガと呼ばれる電波航法が用いられていました。地球全体をわずか 8つの送信局でカバーするシステムで、日本にも対馬に送信局が設けられていました。利用する周波数は 10.2-13.6kHz で、波長は 3km です。この長波長の電波を送信するために 454.83m のタワーが建設され、タワーを支えるワイヤーは海をまたいで 1km四方にわたりました。

対馬オメガ局 対馬オメガ局

なお、オメガ航法は既に使われていないものの、海面下数十メートルまで届くという性質を生かして、旧オメガ局のいくつかが潜水艦との軍用通信に利用されています。自衛隊でも、日本唯一の超長波送信所が宮崎県えびの市に設けられ、周波数 22.2kHz(波長1.35km)で潜水艦と通信しています。

えびの送信所 えびの送信所

音声信号をベースバンドのまま電波として送信するには巨大なアンテナが必要となるため、実用的ではありません。

以上の理由から、ほぼ全ての無線通信で、搬送波と変調が使われています。ただし、送ろうとする信号が音声のような低周波信号ではなく、より高い周波数の信号であるなら、搬送波と変調を用いないベースバンド通信をすることも理論上は可能です。